- トップ
- 出羽の海部屋の略歴


| 寛政末年 |
出羽ノ海金蔵(後の運右衛門)、年寄資格を得て出羽ノ海部屋開祖となる |
|---|---|
| 1808年 |
鹿間津 滝右衛門が出羽ノ海滝右衛門に改名する |
| 1862年 |
初代常陸山(桂川立吉)、出羽ノ海として年寄専務となる 1809年より途絶えていた出羽ノ海の名跡を再興する。現・出羽海部屋の創設者。 |
| 1890年 |
常陸山 虎吉(最高位-前頭筆頭)、出羽ノ海運右衛門に改名し部屋を継承 |
| 1914年 |
第19代横綱 常陸山 谷右ェ門、出羽の海谷右衛門を襲名し部屋を継承 1919年には幕内番付表の片側を、ほぼ半数を出羽ノ海部屋の力士で独占してしまう勢いであった。 |
| 1922年 |
両国 梶之助(最高位-小結)、出羽ノ海梶之助として部屋を継承 1912年引退後、年寄入間川を襲名し、入間川部屋を創設。 |
| 1949年 |
第31代横綱 常ノ花 寛市、出羽海秀光として部屋を継承 1930年現役引退し年寄藤島を襲名。その後出羽海に改め部屋を継承。 |
| 1960年 |
出羽ノ花 国市(最高位-前頭2枚目)、出羽海喜偉として部屋を継承 現役を引退し年寄武蔵川を襲名。常ノ花死去に伴い年寄名を出羽海に改め部屋を継承。 |
| 1968年 |
第50代横綱 佐田の山 晋松、出羽海智敬として部屋を継承 1992年第7代日本相撲協会理事長の職に就く。協会に刷新の気風を醸成し、より一層時代の変革に合った改革で相撲道の発展に尽くした。 |
| 1996年 |
鷲羽山 佳和(最高位-関脇)、出羽海義和として部屋を継承 出羽海部屋の再興と相撲協会理事として、重責を担い活動中。 |













